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その第一声で、彼女は僕が初めて出会った時の湊だと直感的に悟った。
普段の彼女は僕のことを“奏多くん”と呼ぶからだ。
「湊……帰ろう」
「なんで? まだ遊んでないよ」
「何言ってんだ。妊婦なんだよ? こんなところで足でも滑らせたら……」
「遊ぼうよ、奏多。何して遊ぶ? 抱っこしてあげたいけど……大きくなっちゃったから無理だし」
「は?」
彼女は何を言っているのだろう。
「手、繋ごうか」
そう言って手を差し出してくる。
何故か僕はその手に逆らうことが出来ず、手を繋いだ。
この感覚、どこかで――。
「もうしっかり歩けるんだもんね。あんなによちよち歩きだったのに」
河原の手前の舗装された道をスマホの明かりを照らしながら彼女と手を繋いでゆっくりと歩く。
「今もバナナ好きなのかな。もう嫌い?」
僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。
そんな馬鹿な。有り得ない。けれど、頭ではなく、感覚が僕の失っていた記憶を呼び覚ます。
「あとは――」
「……母さん?」
僕は震える声を絞り出した。
湊は――彼女は驚いた表情を見せたあと、とても嬉しそうに笑った。
「嬉しい。奏多が気づいてくれた!」
歩みを止めた母さんは僕の腰に手を回し、優しく抱きしめてくれた。
「お母さんの我儘、聞いてくれる?」
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