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東京オリンピック決定の時並の盛り上がりを見せている俺の脳内を他所に、国江くんはぽつりとつぶやくように言った。
「俺も裕福ではないのに、あんたに庶民とか貧乏って言ってました。」
「んー、庶民なのは事実だし。貧乏かは微妙なとこだけど……。てかなんでそんな庶民嫌いなの?」
「ただの保身です。庶民と仲良くなんてしたら、他からやっぱりこいつは貧乏人だ、って思われます。」
「思われるかぁ……?ここの学校の生徒ほとんど金持ちだけど、国江くんぐらいだよそんな思想の持ち主。」
「結局、自分が一番自分のこと 貧乏だってバカにしてたんです。」
陽に近い陰キャが一番陽キャからの目を気にするみたいなもんか?
俺が中学生の時もそんな奴居たなぁ。
陽キャになりきれずクラスでは陰キャグループに居たけど、俺はお前らとは違いますみたいな雰囲気の奴。
なんでも中間地点だと、下への優越感とともに上への劣等感が押し寄せてしまうのだろうか。
「うーん、別に俺から見たら国江くんも金持ちに変わりないしなぁ。」
「あんた変ですよね。俺はあんたのこと散々馬鹿にしたんですよ。怒らないんですか?俺だったら5発ぐらい殴ってますよ。椅子で。」
「椅子でぇ……?」
渾身の国江椅子アタックを思い返す。
あの殴られた男。
言うには、命に別状はないとの事だったが、殴られた男の後頭部にはたしかに立派なたんこぶが付いていた。
恐ろしい。あんなので5回もぶん殴られたら確実に後頭部がぬらりひょんみたくなってしまう。
というか、俺だって怒らない訳では無い。
周との喧嘩中だってちゃんと怒ってたし、上原には総受けとしての自覚が無いと常日頃から散々怒っている。
ただ、あんまり怒るとまでは行かないというか、そもそも怒るのも得意じゃないしめんどくさいって言うか……
「終わりました。」
国江くんが、ちょうど問題集の試験範囲の最後の問題を解き終わった。
中間考査なので教科数は少なく、苦手だから教えられないと事前に言ってある社会以外だと、これが最後の教科。
よく3日でここまで出来るものである。
問題集片付け始める国江くんを見て、遂にこの気まずい勉強会が終わっちゃうのか、と思ったらなんか名残惜しくてつい声をかけた。
「あー、メロンあるよ。食べてく?」
「いえ、テスト前日に長居したらまた岡元先輩にドヤされますので。」
国江くん、オカゲンにドヤされていた自覚があったのか、なんて思ってたら国江くんが帰るべく席から立ち上がったので、玄関まで見送ることにした。
玄関までの廊下を、お互い無言で歩く。
別れ際にもかかわらず、また一言も喋らないのは俺たちらしいな、なんて思った。
「じゃあ。」
玄関先。
俺が閉まらないよう、ドアに手をかけている姿を、国江くんが振り返ってその目に入れた。
今までは俺一人が見送っても一言も発さない上、こちらを振り返らずにスタスタと出ていったというのに。
「……ねぇ、なんで勉強、俺に教わったの?」
いつかの問い。
あの時は話しかけるなと怒られてしまったが、今なら聞ける気がした。
国江くんは、案の定サラリと答える。
「別に勉強は困ってなかったんですけど、幕田さんに言われたんです。あんたに勉強を教わらないと風紀委員に入れないって。」
えー……
ろくな答えを期待してなかったけど、マクちゃん先輩のせいかぁ。
どんだけ俺たちを仲良くさせたいんだよマクちゃん先輩。
気を利かせてくれたんだろうか。
面白半分なところは否定できないけど。
「あれ、でもマクちゃん先輩に勉強頼んだって言ってなかったっけ?」
「小林だけです。俺は巻き添え。」
「あー…」
だからあんなにいつも機嫌悪かったし、俺が苦手なとこ聞いても答えるのを渋ってたのか。
気持ちはわかるがちょっとぐらいは隠して欲しかったものである。
「ちゃんと幕田さんに勉強会受けたって言っといてくださいね」
「ハイハイ……」
今さっきまで、本気で信頼関係が築けたと感動していたのにあげて落とされた気分だ。
畜生、随分可愛い後輩だぜ。
国江くんはガックリとする俺を眺めるが、特に悪びれる様子もない。
うん、こんなとこも国江くんらしくていいけどさ。
「でも、報告は最初の1回のだけでいいです。」
「え、なんで」
どういうこと?
この後輩、大変言葉足らずである。
ちゃんとわかるように、と文句を言ってやるべく改めて国江くんを見る。
しかし、俺の言葉は引っ込んだ。
「じゃあ、俺はこれで。ありがとうございました、相川センパイ。」
そこには、柔らかい表情の国江くんが。
言いたいことは色々あったが、呆然と遠ざかっていく国江くんの後ろ姿を眺めた。
この3日間、最初から最後までこの後輩に振り回されたなぁ、なんて思いながら。
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