都会の小さなマーメイド

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都会の小さなマーメイド

気が付けば自然と足が向かっている。 どこかぼんやり懐かしいような、どこかぼんやり胸がちくりと痛いような… サラサラの白い砂浜に、太陽の光がプランクトン達に反射し青く光り見える輝いた海。 ―サンデミウスアメリナ… 心の中でそう囁きながら裸足で海辺をゆっくり歩く。 お婆ちゃんが話してくれるお伽話と重ねながら目を瞑ると海面下の様子を想像する。 色とりどりの小魚たちの群れ。 岩陰に隠れる小さな蟹の親子、自分の身体より大きな貝を纏った宿蟹に、赤や橙のドレスを潮の流れに合わせひらひらと踊らせ舞うイソギンチャク。 沖で潮を吹きながら豪快に泳ぐイルカたちの群れ。幾多の幻怪なものが潜んでいるといわれる大海原の表に可哀らしい小々波がうねっている。 海底近くには目を光らせ鋭い牙のような歯をむきだすように怖い顔したうつぼがいて、太長い体を岩陰に隠し、顔をちょこんと出しては岩陰に隠れ、頭を出してはまた隠れ、その繰り返しで何かをしているよう。 そして深い海底はとても静まり返り、絵の具を誤ってあれもこれもと混ぜてしまったような黒い暗闇が広がっている。未知の世界だ。 私は小さい頃から見てきたこの海が好きだ。 一定のはやさで引いては寄せ、引いては寄せる、この静かな波音が身体にしっくりとくる。 夏を感じる夕暮れ時、足元に落ちていた白い珊瑚礁のかけらを拾いあげると長い髪の毛に飾り、目を閉じると自然と自分が海で泳いでいる気分になっていた。
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