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一瞬現れた美しい女性は、とても哀しそうな顔をしていた。今にも泣き出しそうなのを堪えているようだった。
自分亡き後、父親が子に手を掛けるなんてこと考えたくなかっただろう。だが、そうならざるを得ないことがわかってしまった。だったら死にゆく彼女が出来ることは、それを留めるよう願いを残すだけ……。
「やっぱりオレはあいつを許せない」
この世にひとりだけになってしまったようなレキを見る春海の目が怒りで震え潤んでる。
そうなんだろうか。母は哀しい気持ちを抱えたまま死んでいったのだろうか。
いや……。
「違う。彼女が遺したのはそれだけじゃないはずだ」
確信に近い予感がして、跪いたまま固まっているレキの元に歩を進める。
「おい、セツ! ……っ!」
「大丈夫、オレは大丈夫だよ」
彼女が、母がずっと護ってきてくれていたんだと思うと少し心強かった。
「あの……」
宙を見ていた紅い目の焦点が自分に合う。
ゆっくりとしたものだが口が動いた。
「……なんだ」
その瞬間、ぶわっと周囲の風が集まったかのような風圧を受ける。
そしてその風は透明な女性の形を象る。
「こよみ……」
再び現れた哀しげな女性は、ほんの少し笑んで、レキをそっと抱き締めた。
そして、そのまま彼の中に溶け入る様に消えてしまった。
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