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ぐいと眼前に突き付けられたそれは赤ん坊くらいのサイズの人形だった。目鼻口はないのっぺら坊だったが、パッと見、本当の赤ん坊に見間違い兼ねない。
「囮に使う」
なんの、と聞きそうになって、妖にかと自己解決する。
暫く緩やかな山道を歩いていくと、黒い影が前を通った気がして立ち止まる。
翼の音もした。
「カラス?」
「いや、姑獲鳥らしい」
電柱に止まったようで、丙が見上げている。
「うぶめ?」
「子供が生まれないまま死んだ妊婦がなるという妖鳥だ。夜に赤子の声をあげながら飛行し子供の命を奪う」
「怖っ」
「命まで奪われてはいないが、この付近を夜に子連れで歩くと襲われるという情報だ」
「……それって夜子供を連れ歩く親もよくないよな」
そういう戒めから生まれた妖怪なのかもな。
「ああ。でも、そうせざるを得ない人も中にはいる」
「まぁ、そうだよな」
「だけど元々悲しみの念から生まれた妖だ。祓ってやった方がいい」
丙が囮の人形を片手に抱える。
「離れてろよ」
「うん」
丙が刀を抜くと、光る刀身が柄から伸び出るようにして生まれる。
電柱から黒い影が丙に向かって飛びかかってくる。囮が効いているのだろうか。
『なにごとも 変はりのみゆく』
丙が歌を唱えだすと、姑獲鳥が苦しむように声を上げる。赤子の声というよりも若い女の声のようだ。
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