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一.蒙霧升降
その男は自分を見つけて微笑んだ。
「お待ちしておりました、王子」
手振り付きで恭しく頭を下げる。
「なんだその設定」
眉間にシワを寄せて、可笑しなことをする幼馴染の友人を眺めた。
「誕生日だからなー」
友人は口調を通常に戻し、微笑みも崩してニカっと笑う。
だからなんだと思いながら、上履きを靴に履き替える。
「今日の晩御飯はお前の好物ばかりにしてやるよー」
「作るのは大体オレだけどな」
「誕生日までオレのイマイチな料理喰いたいなら別だけど?」
それは願い下げだ。
彼は鼻歌交じりに今日のメニューを指折り数えていく。唐揚げ、ポテト、アスパラベーコン巻、ミモザ風サラダ、サーモンの寿司、たらこのパスタ、ショートケーキ。
それらは確かに自分の好物で、彼がそれを心得ているのも長年の付き合いだから当然だとは思う。
だけど、なにか面白くない、と奴の浮かれ顔を睨むようにみてしまう。
「なに?」
視線に気付いた彼がきょとん顔で問う。
「いや別に」
さあ帰宅だと昇降口を出掛かったところで彼に声が掛かる。
「春海ぃ《はるみ》、お前今日掃除当番だぞ」
「げ、マジ!?」
春海が顔を引き攣らせる。
「マジ。感謝しろ」
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