9人が本棚に入れています
本棚に追加
それが愉しくてしょうがないのに、苦しさと哀しみが離れようとしてくれない。
ねぇ、どうしてくれるの。
浮き立つ高揚感と切迫した不快感を紛らわす方法はひとつしか浮かばない。
軽い足を踏み出した時、耳がなにかを拾った。
「……つ」
ふっと意識が自分の身体に戻った気がした。意識を失った覚えはないのに。
「セツ!」
その声に振り返る。
一歩踏み出しただけのはずが、随分春海の身体から離れていた。
「オレは生きてんぞー」
「はる……み?」
春海は身体を起こして呑気に手を振る。
「ちょーっと気を失ってたみたいだけど、怪我も大したことなさそうだぜ」
いや、でもさっきすげぇ血が……はっと我にかえる。
折れたカーブミラーに写り込んだのは自分の姿。そのはずが、みたこともないものが写っている。
「なんだこれ?」
改めて身体を見直す。
爪は鋭く伸び、引き裂きたい衝動に駆られる。
犬歯がその名の通り犬の牙のように主張し、肉を噛み切りたいのだと疼く。
額からは二本の角が生え、瞳の色は紅蓮の炎のように燃えている。
身体が軋む。湧き出るような強力な力を抑えているのだ。
これは、なんだ?
「立派な姿になったなぁ。護ってきた甲斐があったってもんだ」
春海がわかったように話す。
最初のコメントを投稿しよう!