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もともと息子が欲しかった祖父は、初孫である大倉を厳しくも優しく可愛がってくれた。
小学生の頃、妹と喧嘩をした後に、大倉を祖父が連れ出して、お前は男だから妹を守れと、夕陽を眺めながら言った。泣き虫を直せとも叱られた。大倉は祖父と二人だけの記憶が愛おしく思えた。
きっと祖父のことだから、妹と祖父だけの思い出を、妹は妹で、ちゃんと作ってもらっていたのだろう。そんな話を病室に戻ったら、妹に聞いてみようと思った。
その長い夏の日がもうすぐ終わろうとしている。大倉は沈みゆく太陽を優しい眼差しで眺めている。
「お疲れさま、ありがとう」
大倉は沈みゆく太陽にそう呟いた。
先程まで打ち寄せていた波が一瞬、静かになった気がした。
大倉は振り返り、祖父の病室を見た。妹が両手を大きく振って大倉を呼んでいる。全ての音がなくなったような世界が一瞬にして広がった。
砂浜を大倉は走り出した。
涙が溢れた。
どんなに長い夏の一日もいつかは終わってしまうように、人生もその時がある。
地平線に昇った太陽は、やがて水平線の遠くに沈む。それが定めとわかっていても、大倉の涙を止めることなどできない。
祖父にとって、この長い夏の一日は幸せなものだったのだろうか。もし、そうだとすれば大倉の心はどこかで救われる。
男が泣きやがってと祖父に叱られるだろう。でも、誰もいない砂浜なら許してくれるだろうか。いや、メソメソするなとやはり叱るだろうか、そんなことを考えながら、大倉は砂浜を走った。
病室に大倉が辿り着いた時には、水平線の遠くに太陽は既に沈み、窓一面に鮮やかな紫色の空を映し出していた。
大倉は一瞬、棒のように立ち尽くす自分に気付いた。しかし、次の瞬間には祖父に寄り添う妹と母親に近寄り、泣いている二人の肩に優しく手を添えていた。大倉は、祖父が好んだ気丈に振る舞う男の姿を見せていた。
「お疲れさま、ありがとう」
大倉はもう二度と話すことができなくなった祖父にそう呟いて、すっかり涙を乾かせた眼差しで、ただじっと見た。
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