多伎の海に今日も夕陽が沈んでいく

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多伎の海に今日も夕陽が沈んでいく

足元に打ち寄せる波を感じながら、大倉は沈み行く夕陽を静かに眺めている。 病院では祖父が最期(さいご)の戦いに(のぞ)んでいる。 今朝、地平線から昇った太陽は、今、辺りをオレンジ色に染めて、水平線の遠くに消えようとしている。 太陽が地球に姿を現し、沈みゆくまでを、人の一生のように大倉は感じた。 季節によって太陽が地球で過ごす時間が異なるように、人の寿命の長さも人それぞれ。 同じ太陽も、夏は長く、冬は短い。 祖父は102歳。 夏の太陽のように長生きをしてくれているのだと思えてきた。 近親者を集めてくださいと言われ、病院に駆けつけた。 今は、母親と妹が祖父を見守っている。 今夜が峠になりそうだという医師の説明で、交代で休息をとることにした。 大倉は病院内の食堂で軽く食事を済ませ、病院脇の砂浜へ散歩に来た。 砂浜からは祖父の病室が見える。妹が大倉を見つけて手を振った。大倉は右手を挙げて(こた)えた。 一定のリズムを保って波が足元に打ち寄せる。 この一瞬にも、ゆっくりと確実に太陽は沈んでいく。 祖父はこの島根県の多伎(たき)で生まれた。 こんなに長い寿命の持ち主だと誰が予測できただろう。 太陽が地球に姿を現し、沈みゆくまでが人の一生だとすれば、祖父が生まれた日は、長い夏の一日の始まりである。キラキラと光り輝く朝陽のように、祖父は生まれた。 空高く成長し、やがて老いを迎えた。 その長い夏の一日の中で、祖母と出会い、一人娘の母親を育てた。そして孫の自分や妹を可愛がった。大倉はそんな風に祖父の一生を思い浮かべた。 雲に邪魔されて、思うようにいかないこともあっただろう。それでも、一度も鼓動を止めることなく、祖父の心臓は動き続けてきた。長い長い今日までの日々を休むことなく働き続けてきてくれた。 image=512460150.jpg
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