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私は目を覚ました。そして事態は終わっていなかった。未だここは何も見えない暗闇の中だった。
しかし何も変化がない、というわけでもなかった。音が聞こえるのだ。鳥がピヨピヨとなく音……朝に聞くような環境音が。
ならば今は朝なのか。だが私の視界は、あの夜月が消えてしまってからずっと漆黒一色に塗りつぶされている。
しばらくの間、私は呆然と床に座っていた。仕事に行かねばならない時間を過ぎても、私は動けなかった。そしてチェックアウトの時間を過ぎたところで、コンコン、と音が鳴った。ドアをノックする音だ。おそらくホテルの従業員が呼びに来たのだろう。
私はよろよろと立ち上がり、壁を頼りに入口まで行ってドアを開けた。信じられないことに、すんなりと開いた。
「ああ、いらっしゃいましたか。もうチェックアウトの時間を過ぎて」
「そんなことより、昨日の夜、月が消えなかったか!?」
「はい? いえ、消えておりません。停電は起きましたが」
「今も真っ暗だ」
「いいえ? 停電は十秒ほどで直りましたが」
「なんだって」
ならば、今何も見えていないのは、私だけなのか?
次に従業員の声が聞こえたのは、私の後ろからだった。部屋の中に入ったらしい。
「うわっ。お客さん、部屋はもう少しきれいに扱ってください。物が散らかりすぎです」
「ああ……すまない。だが話を聞いてくれ。昨夜、変なことがあったんだ」
そうして月が消えたときのことを話した。だが従業員の男はほとんど信じなかった。どうやら部屋の中は明るく、窓の鍵は開いており、ドアに傷など付いていないらしい。私は恐ろしくなって聞いた。
「このホテルに、なにか怪談のたぐいはあるのか」
「あるわけ無いでしょう! 勝手に狂ったことをホテルのせいにしないでください」
ならば、昨夜は一体何が起こっていたのか。
「お客さん、もしかして失明したんじゃないですか?」
「失明?」
「ちょうど停電のときに失明した、とかそういうことでしょう。病院で見てもらったほうがよろしいですよ」
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