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失礼な従業員だったが、その言葉通り病院には行くことにした。だが何も見えない状態では、財布からお金を出すのにも苦労し、スマホもそもそも操作ができているかもわからない。しかたなく、従業員に電話を用意してもらい、会社の同僚に病院へ連れて行ってくれるように頼んだ。
診察を受けたが、その結果は異常だった。
「あなたの目にはなんの異常もありません。あなた、本当に見えてないんですか?」
だが現に何も見えない。医者は、ならば極度のストレスによるものかもしれませんね、といった。後から考えてみれば、ストレスが原因だろうと目が見えなくなれば診察で分かるものらしいから、きっと医者は仮病だと判断して適当に答えたのだろう。
だが私は、言われた通りストレスによるもの、と思い始めていた。あの夜のことを忘れれば、すぐにでも視力は回復すると思いたかった。
だが結局、その後もずっと何も見えないままだった。忘れることも出来はしなかった。
もはや仕事も、それどころか生きていくことも困難になった身の上で、一年ほど経った時突然あることを思い出した。
あの夜、私が最後に見た景色、その視界の端に、
窓から覗く月が見えていたことを。
そして、その月が……
白い虹彩をまぶたが覆い隠すように、ぱちりとまばたきをしていたように見えたことを。
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