3/4
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「トイレかもしれないし、ちょっと探してきますね」  正直、洗い物よりいいかな、と思ったそうだ。  先輩はトイレにはいなかった。トイレは数人の列ができており、そこに並んでいた同僚が、「さっきこの先に向かっていくN先輩を見た」と教えてくれた。  探してくるから置いていかないでくれよな、と軽く頼むとU君はその先へ向かった。  夕方とはいえ、夏場なのでまだ日はあった。それでも日中に比べれば日差しは柔らかく、風に合わせて大樹の葉が揺れて葉の影が変わる。  そしてほんの少し歩いただけで管理された敷地が終わった。道の両側に、青々とした葉のある木に代わって、背の高い雑草が増えた。  それは夏だというのに枯れ、並んで突っ立っている。突然景色が素っ気なくなったようだった。  離れたところに人影が見えた。N先輩の着ていた青いチェックのシャツの後ろ姿だ。  その向こうはすぐ川で、こちらに背を向けたまま、N先輩は両腕をだらんと横に垂らして立っている。 「Nさん」  U君が声をかけても、N先輩は振り返らない。 「そろそろ帰るみたいですよー!」  何をしているんだろう、とU君は思った。  周りはしんとしていて、先程までの蝉の声もなくなっていた。  川の音がかすかにしている。そんなだから、U君の声も聞こえているんだろうと思うのに。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!