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「トイレかもしれないし、ちょっと探してきますね」
正直、洗い物よりいいかな、と思ったそうだ。
先輩はトイレにはいなかった。トイレは数人の列ができており、そこに並んでいた同僚が、「さっきこの先に向かっていくN先輩を見た」と教えてくれた。
探してくるから置いていかないでくれよな、と軽く頼むとU君はその先へ向かった。
夕方とはいえ、夏場なのでまだ日はあった。それでも日中に比べれば日差しは柔らかく、風に合わせて大樹の葉が揺れて葉の影が変わる。
そしてほんの少し歩いただけで管理された敷地が終わった。道の両側に、青々とした葉のある木に代わって、背の高い雑草が増えた。
それは夏だというのに枯れ、並んで突っ立っている。突然景色が素っ気なくなったようだった。
離れたところに人影が見えた。N先輩の着ていた青いチェックのシャツの後ろ姿だ。
その向こうはすぐ川で、こちらに背を向けたまま、N先輩は両腕をだらんと横に垂らして立っている。
「Nさん」
U君が声をかけても、N先輩は振り返らない。
「そろそろ帰るみたいですよー!」
何をしているんだろう、とU君は思った。
周りはしんとしていて、先程までの蝉の声もなくなっていた。
川の音がかすかにしている。そんなだから、U君の声も聞こえているんだろうと思うのに。
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