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先輩は何かを見ているのだろうか、とU君は少しだけそちらに近づいた。
大きな川ではない。反対の岸までせいぜい5メートルといったところだろうか。向こう側は石の河原だ。
目立った魚など、なにかがいるというわけではなさそ うだった。
近づくと水は汚く見えないのに、雨の降る前のドブの臭いが鼻をついた。
その川の流れの中、丁度半分くらいのところに渦があった。
それ以外の場所はあまり早い流れでもない。なのに、渦のところだけやけに早く、その周りもきれいな渦巻きというよりは、歪に水が中心に飲まれていく。その中心はふたつある。
これを見ていたのだろうか。
あまり気持ちのいいものではないな、と思ったときに、U君はそれが急に人の目に見えるからだ、と気づいた。
え、と思った瞬間、それは両目をぐりん、と動かしてU君を『見た』。
「うわっ!」
自分に焦点があった瞬間に背中に怖気が走る。それとともに声を出してしまうと、N先輩が明らかに「邪魔をされた」というように、忌々しげにU君を振り返った。何も言わないが、明らかな不快感を向けていた。
普段は温厚な人で、そんな露骨な嫌な顔を見たことはなかった。
その先輩の表情に気を取られて、その後もう一度渦を見たときには、もうそこにはただの渦しかなかった。
N先輩はまた渦を見はじめている。
声をかけそこねていると、そこにさっきの同僚と上司のSさんがきた。Sさんが声をかけると、渋々といったようではあったがN先輩も歩き始め、U君もできるだけ後ろを気にしないように戻り、そのあとは何もなく東京まで戻った。
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