3人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
だがそれ以降、N先輩の様子はおかしくなった。
まずぼうっとしていることが増えた。
無断欠勤をするようになった。
服がしわだらけになり、だんだんと清潔感がなくなった。
N先輩から雨の前のドブのような臭いがすると、U君はあの川を思い出して憂鬱だった。風邪っぽいのだ、とU君はまだ暑いのに会社にマスクを持ち込んだ。
噂ではあるが、手洗い場で蛇口の水を出しっぱなしにしたまま、水の流れる洗面台に「うん、……そうだね、……うん」と呟いているのを見たという人もいた。
嘘ではないのだろう、とU君も思った。
残業が終わったU君が席を立とうとすると、N先輩は自席で飲み物の入ったマグカップの水面を、指でゆっくり円を描くように撫でていた。
無口だが温厚で優しかった先輩が変わってしまうことに、若かったU君は動揺した。が、少し経つとU君も含め、病気なのだろう、と周りは思ったのだそうだ。
現にその職場は多忙で、心身ともに体調を壊して退職する人も多かった。
そしてその話が社内に浸透してからは、N先輩の噂はすぐに減っていった。
一方でSさんはN先輩の上司でもあったので、本人やU君に様子を聞いたりしつつ、仕事の調節をし、N先輩に休職などの予定を整えていた。
有能だったNさんの尻拭いが増えていたU君は、先輩の体調という面だけでなくほっとしたという。
だが、その休職を相談する為の産業医面談の前日からN先輩は来なくなってしまった。
それどころか、それから数日電話にも出ない。
ひとり暮らしのN先輩に悪い状況を予想したのはU君だけではなく、SさんがN先輩の家に行くと言い出し、U君に同行を求めた。
U君はSさんのことを尊敬していた。N先輩には恩も感じていた。それでも嫌だったそうだ。
けれど兄貴分気質のSさんが「それならひとりで行く」というので、結局は仕方なくついていくことになった。
最初のコメントを投稿しよう!