親切なおばさん

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 電車に乗っていた時の事。  土曜の朝だった。  先頭車両の乗務員室に一番近い席に座っていると、どやどやと小学生たちが乗り込んで来た。  リュックサックを背負っているところを見ると、校外学習にでも行くのだろう。  小学生たちの何人かが、乗務員室の真後ろを陣取って、前のめりになって、電車が動き出すのを今か今かと待っていた。電車好きのいわゆる『鉄ちゃん』と思われる。  やがて電車が動き出すと、フロントガラスからの見えて来た特等席の風景に、何度も歓声を上げた。  ふと、私の目の前の席を見ると、60代ぐらいの地味なおばさんが、彼等のことをじっと睨んでいた。  ―ヤバいな。先生はなになってんだ。  と、俺が心配するが、担任と思われる若い女の先生は、スマホに夢中。  「うぉ~! すげえ!! ○○系だぁ!」「写真、撮らなきゃ!!」  小学生たちはさらに盛り上がっている。     「そこのボウヤたち!!!」  ついにキレたおばさんが大声を出した。  驚いた子供たち一斉におばさんの方を見る。  その瞬間―  ドン!!!  ハッとして乗務員室の方を見ると、フロントガラスの左端の方に、蜘蛛の巣状にひびが入っていた。  所々に赤い 液体がへばりついている。  飛び込み自殺だ。  電車が急停車して、子供たちはフロントガラスを見て呆然としていた。  だが、おばさんが声を掛けたおかげで、『決定的な瞬間』を見ずに済んだのだ。  それが偶然だったのか、それとも、おばさんが何かを感じて声を掛けたのかは、確かめようがなかった。  電車が急停車した後、俺はおばさんの方を見たのだが、そこだけぽっかりと席が空いていて、すでに彼女の姿はどこにもなかったから。                                                          (了)
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