0人が本棚に入れています
本棚に追加
電車に乗っていた時の事。
土曜の朝だった。
先頭車両の乗務員室に一番近い席に座っていると、どやどやと小学生たちが乗り込んで来た。
リュックサックを背負っているところを見ると、校外学習にでも行くのだろう。
小学生たちの何人かが、乗務員室の真後ろを陣取って、前のめりになって、電車が動き出すのを今か今かと待っていた。電車好きのいわゆる『鉄ちゃん』と思われる。
やがて電車が動き出すと、フロントガラスからの見えて来た特等席の風景に、何度も歓声を上げた。
ふと、私の目の前の席を見ると、60代ぐらいの地味なおばさんが、彼等のことをじっと睨んでいた。
―ヤバいな。先生はなになってんだ。
と、俺が心配するが、担任と思われる若い女の先生は、スマホに夢中。
「うぉ~! すげえ!! ○○系だぁ!」「写真、撮らなきゃ!!」
小学生たちはさらに盛り上がっている。
「そこのボウヤたち!!!」
ついにキレたおばさんが大声を出した。
驚いた子供たち一斉におばさんの方を見る。
その瞬間―
ドン!!!
ハッとして乗務員室の方を見ると、フロントガラスの左端の方に、蜘蛛の巣状にひびが入っていた。
所々に赤い 液体がへばりついている。
飛び込み自殺だ。
電車が急停車して、子供たちはフロントガラスを見て呆然としていた。
だが、おばさんが声を掛けたおかげで、『決定的な瞬間』を見ずに済んだのだ。
それが偶然だったのか、それとも、おばさんが何かを感じて声を掛けたのかは、確かめようがなかった。
電車が急停車した後、俺はおばさんの方を見たのだが、そこだけぽっかりと席が空いていて、すでに彼女の姿はどこにもなかったから。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!