1 花の名前を

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2DKの薄暗い部屋に俺は帰った。帰りにコンビニで買ってきた夜食のビニール袋をがさりと床に置く。 美奈はかわいかった。たぶん俺のことも好きだろう。 しかし、今日のデートは最悪だった。 スマホに路線や駅名を入れて検索すると、今日の人身事故についてのSNSの書き込みが見つかった。先頭車両に乗車していたがひいた感触が足に届いたとか、被害者は一人だろうというような、本名を伏せた連中のがやがやとしたつぶやき。事故か自殺か、被害者の氏名はなんというのか、みたいな肝心の話は書いていない。まあ名前が書いてあったところで、知らない名前だろう。 スマホが震えた。美奈から「今日のデート楽しかった」というメッセージでも来たのかと期待して、画面を見る。確かに美奈からだったが、夜中なのに珍しく電話だった。 「ねえ、さっきから部屋の様子がおかしいの。事故現場で霊を拾ってきちゃったのかも」 一夜を共にする口実にしては、不気味だ。 「……いやいや、ないよ。事故現場までは俺たち行っていないじゃん」 「でも私の腕をつかんだような気がするの! 私一人暮らしなのに。そして、やたらとミントの香りがするの」 今日の出来事が悪夢にでも変じたのか、おびえ切った声が聞こえる。かわいそうだ。そして、名実ともに美奈の男になるチャンスだとも思った。しかし、ここで駆けつけたら、ことあるごとに3駅も離れた美奈の家まで深夜に呼び出されるようになるのだろうか。ぐっちょり依存されるのは嫌だ。それに人身事故に出くわした日だから、男でも夜道は怖い。 「わかったからさ、明日また会おうよ。その時に話を聞くよ」 十分ほどの通話を切って、俺はシングルベッドに寝っ転がった。
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