1 花の名前を

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俺は夜食のカップタンタンメンの残り香を切り裂く、ミントの香りに起き上がった。 「くそっ! 」 思わず悪態をついて、匂いの原因を探し回った。前の彼女である、綾香は「名前は運命よ」と言って、アロマテラピーを趣味にしていた。彼女と別れた後、トイレの芳香剤もふくめて、ハーブの香りのするものはすべて捨てたはずだ。 ようやくベッドの下に、転がっていたミントガムの容器を見つけた。中は空だった。かすかに匂いが残っていた。 「これだな」 綾香と出会うまでは、何も思わずに見ていたミントガムのプラスチックケース。そこに描いてある、シソに似た少しギザつく緑の葉っぱが「ペパーミント」なのだ。 「さよならだ」 ゴミ袋に使っているコンビニの小さな袋に叩き込んで、口をぎゅうっと縛る。 この部屋で一時期同棲していた綾香は、長い髪の大人しい女だった。すらりと長い手足がきれいだった。ベランダにハーブの鉢を並べ、それでサラダを作ってくれたりした。生のペパーミントのむぎっとした噛み心地と、新鮮なグリーンノート。初めて知った味だった。夏夫という名の俺のことを「なっちゃん」と呼んでいた。よく緑や茶色の服を着ていた。だが、綾香は「癒し系」というより「癒されたい系」だった。 よく霊が見えるといっては、突然悲鳴を上げたり、お香やアロマを焚いていた。 「それ効果あるのかな」 「うーん、気休め程度かしら?」と、綾香は困ったように笑っていた。 「逆に気が休まらないんだけどな」 心霊体験なんて、ガキの頃、ばあちゃんちでじいちゃんが見えた程度のものしかない俺には、綾香はまさに見えない敵と戦っているとしか思えなかった。 さっきの美奈といい、どうして俺には「自称霊感女」が寄ってくるのか。
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