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ブーブーとまたスマホが震えた。美奈がまた電話してきたのかと思ったら、友人の弘樹からのメッセージだった。
「落ち着いて聞いてくれ。杉原綾香さんが、自殺したらしい」
俺はあわてて文字を入力した。
「まさか、今日、近くの駅で電車が止まったのは!? あいつ前から、情緒不安定だったからな」
「そうだ。踏切で亡くなったそうだ。おまえのせいじゃない。ただおまえに新しい彼女ができたと聞いてから、一層気がめいってたらしい」
「俺のせいだっていいたいのか? 」
弘樹は綾香と俺の共通の友人で、繊細な綾香に同情的だった。
「そうじゃない」
俺はスマホの電源を切った。画面が一瞬で黒くなる。今夜はもう何も聞きたくない。俺は綾香に死にたくなるほど、ひどいことをしたのだろうか? おびえる美奈の電話を切ったのもひどいことなのだろうか?
狭いベッドで何度も寝返りをうつ。
俺はスマホの電源を入れなおし、美奈に電話をかけなおした。しかし、美奈は出なかった。眠ったのだろう。不安だったが、そう思うことにした。
綾香は……単に霊が見えるというだけならいい。綾香は、自分が霊に狙われるのは、俺のせいだといったのだ。
「なっちゃんは憑かれやすくて、たくさんの霊を拾ってくるのよ」
その言い分に俺は我慢できなくて、大喧嘩になった。
「あなたには悪霊がついている」といい「私が祓ってあげるから」といって恩に着せるのは、悪質な占い師の手口じゃないか?
綾香の話を聞いていると、部屋の暗がりに、俺の後ろにどろっとした黒いものが潜んでいるような気になってしまうのだ。
「なっちゃんは、霊にとり憑かれやすいから気をつけないとね」
聞こえるはずのない声がした。
ベッドに寝た俺は指一本も動かせないまま、宙を見上げた。
暗がりに浮かぶまだらに赤く染まった緑の服と、汚れた長い髪、ほっそりとした白い指。数か月ぶりに見た綾香には、足がなかった。細い腰のあたりから、破れた服と腸が垂れている。
シングルベッドの周囲で、幻臭のはずのミントの香りがひときわ強くなる。そしてそれでも、消しきれない本能が嫌悪する臭いがした。血と腐りかけた肉の臭い……。
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