1.七月の蝉は五月蠅い

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1.七月の蝉は五月蠅い

「ジーンミンミンジンミーン」  皇帝はうるさく鳴くジンミンゼミの声で目が覚めた。彼はこの虫の鳴き声が嫌いである。毎年毎年、七月にもなると蝉が五月蝿くてたまらない。五月の蝿ではなく七月の蝉なのに五月蝿いとはこれ如何に。 「あの鳴き声はどうにかできんのか」  皇帝は宰相を呼びつけると、ムーンウォークを踊りながらそう尋ねた。  なお、ムーンウォークはここ最近の皇帝の日課である。長生きして権力を握り続けたいと願う彼は次々と怪しげな健康法に手を出す悪癖があり、現在はまっているのが「一日一時間のムーンウォークだけで寿命が30%延びる! 驚異のムーンウォーク健康法」なのだ。 「そもそも、もはや余の国には人民などというものはおらぬ。いるのは余の臣民のみである。それにも関わらず夏になると人民人民と虫が鳴いて聞かせるから過去を引きずるものが後を絶たないのでは無いか」    無茶苦茶なことを言っているようではあるが、皇帝がこのように考えるのには理由がある。  その鳴き声が『人民』と連呼しているように聞こえるが故に、帝政を打倒してこの国を人民共和国に戻そうとする反体制派はジンミンゼミを自分達の象徴として掲げているのだ。  それ故に、ジンミンゼミの鳴き声を聞く度に反体制派の主張を思い出す人間も実際多いらしい。 「とはいえ、蝉を根絶やしにするというわけにもいかないでしょう。スズメを駆除したせいで害虫が大量発生して凶作になった事例もありますし、無闇と野生の生き物を殺すのはお勧めできません」  宰相は内心で溜め息をつきながら、最後にこう付け加えた。 「――もちろん、偉大にして賢明なる陛下はそのくらいのことは私などが申し上げるまでもなくご承知のことでしょうが」
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