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人民共和国時代に最高権力者の座につき、更に自らの任期を撤廃して権力を強化し続け、そしてついに名実ともに皇帝となってからはや二十年。
昔は「人の本質は光だ」とかちょっと良い感じのことを政敵との論争で言ってみたりして、支持者からは〝生きた菩薩〟と讃えられたこともあった皇帝に、もはやかつての面影は欠片も無い。
今では豪華な宮殿を建てて美女を集めることと怪しい健康法にしか関心の無いただの昏君である。
しかしそれでも、宰相はこの皇帝に尽くす他は無かった。
長年にわたり、皇帝の右腕として手を汚してきたのだ。もし今さら反体制派に政権を奪われでもしたら、これまでの恨みとばかりに処刑されてしまうことは間違いない。
そんな宰相の内心を知ってか知らずか――恐らくは知らないだろうが――皇帝はそこで諦めることなくまたとんでもないことを言い出した。
「黙らせることができないなら、せめてもっと余が良い気分になるような声で鳴かせることはできんのか」
そう口にする間も、相変わらずムーンウォークはやめない。しかもそのスピードは時速10キロメートルに達している。
それに合わせて移動しながら話さなくてはならないことが、宰相を更にうんざりさせた。
「良い気分になるような声と言われますと?」
「そうだな……。たとえば、余を讃える言葉とか」
何を言っているんだこの馬鹿は、と宰相は内心で頭を抱えた。
それは蝉を根絶やしにするのと同じくらい、いやそれ以上に難しいだろう。
適当になだめてさっさと自分の仕事に戻ろう。
最初はそう考えていた宰相だったが、ふとあることに気づいた。
蝉というのは、夏が来れば毎年、毎日のように鳴くものである。もしその鳴き声が皇帝を讃えるものであったとすれば、サブリミナル効果の如く民衆の心に皇帝への敬意を植えつけることができるのではないか。そうなれば、反体制派の勢力も削がれ、自分の身も安泰になる。
「なるほど、さすがは陛下ですな。さっそく検討してみましょう」
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