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宰相は自室に戻ると、国内最高峰の大学として名高い帝華大学の学長を呼びつけた。
「蝉の鳴き声を皇帝を讃える言葉に変えることはできるか」
学長は即答した。
「難しいですな」
ここでの『難しい』は、『あらゆる可能性を検討したわけではない以上、不可能と断言することはまだできないけれど、まあ無理だろう』くらいの意味合いである。つまり科学者的慎重さからこの言葉が選ばれたものの、学長の返答は実質的にノーであった。
しかし……おお、無残! 宰相にはそのような含意は伝わらなかった。
「なるほど。難しいが、できはするのだな」
学長は慌てた。
「いえ、そういう意味では……」
「ではできないのか?」
繰り返しになるが、科学者的慎重さから言えばまだあらゆる可能性を検討したわけではない以上、できないと断言することはできない。故に学長の返答は、以下のような歯切れの悪いものとなった。
「できないと言い切れるわけではありませんが……」
「そうかそうか、できないとは言えないわけだな。それを聞いて安心した。ではさっそくやってもらいたい」
『できないとは言えないわけだな』と言われてしまった以上、できないとは言えない。
――まあ、うちの研究員達は高度なプロフェッショナルだからなんとかなるだろう。
学長はこのように考え、お上に反駁することを早々に諦めた。
なお、『高度なプロフェッショナル』とは残業代を払うことなく働かせ放題できるという意味の学術用語である。
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