狂った家族

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 いつか姉と一緒に、この家を出て行こう。  誰も知らない場所で、まともに生きよう。  栄治は、そう心に決めていた。  だが、その夢が崩れ去る時が来る……。  社長は、ついに冴子にまで手を出したのだ。十六歳の冴子は美しく成長していた。母の美貌を受け継ぎ、さらに狂った家庭で育ったがゆえの暗い瞳と諦念に満ちた表情とが、彼女にえもいわれぬ不思議な魅力を与えていたのだ。  そんな冴子を、社長は放っておいてくれなかった。  それは、栄治にとって忘れられない日であった。  中学二年の夏休み、栄治は暗くなってから帰宅した。家の明かりは消えていたため、彼はそっと中に入って行く。恐らく、皆は眠っているのだろう。肥田は既に帰った頃だ。栄治は足音を立てないようにして、二階の階段を上がって行った。  だが、姉の部屋の前を通りかかった時、妙な違和感を覚えた。明らかに、姉のものではない寝息が聞こえるのだ。  不吉な予感が胸を掠め、そっとドアを開けてみる。  あっさりと、ドアは開く。  姉のベッドの上には、とても醜い生き物がいた。脂肪の塊のごとき肉体を隠そうともせず、一糸まとわぬ姿で眠っている。寝息の度に、贅肉が震えるのが滑稽であった。  その隣には、冴子がいる。だらしない表情で、肥田と同じく裸体のまま眠っていた。  この時、自分がどんな心理状態であったのか、何を考えていたのか……栄治には、今もって説明できない。ただひとつ確かなのは、劇的な怒りの衝動に駆られたわけではない、ということだ。彼は極めて冷静に、音を立てずドアから出ていった。  無言のまま台所に行き、包丁を手にする。  そして、再び二階へと上がって行った――  ネットなどで武勇伝を語る人間は、決まってこんなことを言う。 「キレた直後、気がついたら全員が血まみれで倒れていた。何をやったのか覚えてない」  実に羨ましい話だ。なぜなら、栄治は自分が何をしたか、今もはっきりと覚えている。  彼は、口を開けたまま寝ている肥田に包丁を突き刺した。何度も何度も刺した。  血は大量に流れ、ベッドは真っ赤に染まる……にもかかわらず、肥田はなかなか死ななかった。ああいう人種というのは、本当にしぶとい。悲鳴を上げながら、必死で逃げようとした。逃げられないと知るや、惨めに命乞いをした。涙と鼻水とよだれを撒き散らしながら、助けてくださいとすがりついてきた。
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