狂った家族

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 その時、栄治は思いだした……首と後頭部の境目には、延髄という急所があることを。そこを刺せば、死ぬはずだ。  栄治は、包丁を振り下ろした。  冴子は、栄治の凶行をじっと見ていた。  逃げようと思えば、逃げられたはずだった。なのに妖艶な笑みを浮かべ、両手を広げたのだ。 「あんただって、私とやりたいんでしょ……知ってたよ、あんたが何を考えてるか」  姉は、はっきりとそう言った。だが、その言葉は栄治の心に響かなった。人をひとり殺した直後だというのに、彼の心は氷のように冷えきっている。  栄治は表情ひとつ変えず、包丁を振り上げた。  その時、姉の顔に浮かんだものは……乾ききった笑みだった。  栄治は、下に降りていった。  その時、さらなる異変に気づいた。上の騒ぎを、父も母も聞いていたはずだ。なのに、出てくる気配がない。  いや、もしかしたら……二人は、逃げ出したのかもしれない。  まあ、いい。こうなったら、もはやどうなろうと知ったことではない。殺人犯として裁かれたとしても、一向に構わない。  自分の人生は、終わっているのだから―― 「栄治」  闇の中から、自分を呼ぶ声がした。  振り返ると、父が立っていた。暗闇の中、どんな表情をしているのか分からない。 「頼む……お前だけは、まともに生きてくれ」  はっきりとした声で、父は言った。  その言葉を聞いた瞬間、栄治は包丁を振り上げ襲いかかった――  お前のせいだ。  お前がまともじゃないから、俺もまともでなくなった。  ・・・  その後、栄治は灯油を撒き火をつけた。  何もかもが燃えていく。呪われし家族は、みな焼けていった。  炎に包まれ、灰と化した家……焼け跡からは、四つの焼死体が発見されたらしい。  母は、焼け死んだのだろうか。  それとも、父が殺したのだろうか。  栄治もまた、警察から取り調べを受けた。だが、知らぬ存ぜぬで通した。父がおかしくなっていたことや、母が肥田と関係を持っていたことも、包み隠さずに話した。そんな狂った家に帰りたくなかったため、外を泊まり歩いていた、という嘘も吐いた。  警察は、その嘘を信じた。結果、全ては父の犯行ということで処理された。
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