後部座席

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「お疲れ様でした」  アクシデント対応に追われ、松原が水戸の営業所を出たのは、深夜0時を少し越えたくらいだった。翌日は東京の本社に行く予定ではあるが、普通ならこのまま宿泊し、翌早朝に出発してもいいような時間だ。しかし松原は、帰れるのであれば自宅へ帰るというポリシーのため愛車のBMWで帰路に付いた。松原の自宅は東京の杉並区にある。水戸との移動は電車の方が楽だと思われるが、マイカーでの移動にこだわるのも彼のポリシーなのだ。  常磐道にのった。後は睡魔との戦いである。もちろん無理はせず、危なくなれば途中で仮眠を取る。連日の過労から既に睡魔に負けつつあった松原は(守谷辺りで仮眠を取るかな)と考えていた。そんな時である。(ん…、なんだこの臭いは?)臭いに敏感な松原は、もちろん車内も無香性の消臭剤を付けている。なのに、線香と加齢臭が混じった臭いがしてくるのだ。もちろん松原本人のものでもない。 !?  車内を見回した時、ルームミラーに映った後部座席が見えたのだが、その隅の方、自分の真後ろに誰かが映っていたのだ。「え?だっ誰?」声が引きつる。すると、松原に気づかれたことを察したその同乗者は 「やぁ、こんばんは」となんとも気の抜けた挨拶をしてきた。その声に松原は聞き覚えがあった。「源さん!?」  源さんというのは、地元の農家の方で、松原が水戸に営業所を出すのに尽力してくれた恩人なのだ。松原を気に入っており、松原が水戸入りしている時は、どこで聞きつけるのかかなりの確率で駆け付けてきては、世間話をしていく爺さんなのである。 「ビックリしたなぁ。どうしたんですか?一体」心の中では(何で乗ってるんだよ!このじじいは!)と毒づきながら愛想良く聞く松原。彼は人助けを含め良い事をたくさんする慈善家でもあるが、その一方で出入りの業者にはかなり厳しく、毒も吐くため、親しい友人には「折角の徳が、その毒で相殺されている」と窘められる事もしばしばなのだ。 「すまないねぇ、驚かして。いやね。アンタに西瓜を持ってきたんだけど、車の鍵が開いているのをみつけてね。驚かしてやろうと乗り込んだんだ」といってコロコロと源さんは笑った。ルームミラーに映る、してやったりの顔が松原には憎々しく思えた。(驚いたどころじゃないよ!事故ったらどうするんだ!!)
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