気配

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気配

「お釣りは――290円になります。それと、レシートです」  釣銭に間違いがないか確認してから、レシートと共に釣銭を財布にしまった。 「面白い話を聞かせてくださり、ありがとうございます」  車外に出た後、半身だけを中に戻して運転手に言う。声をかけられた運転手は、こちらを振り向き満面の笑みで答える。 「こちらこそ、面白いネタが出来てお礼が言いたいくらいです。それと、当タクシーをご利用くださり、ありがとうございます。またのご利用をお待ちしています」  小さくお辞儀をして車から離れると、ドアが自動的に閉まる。  運転手は名残惜しさを微塵も見せず、ルームライトを点けると乗客者報告書を書き始めた。 あの運転手はある意味、ラッキーなのかもしれない。  タクシーを背にして、駐輪場へ向かい歩き始める。  消える女性客の幽霊は、大体が霊園前で消える。それを今まで、落ち着ける場所に行きたい、という思いからタクシーに乗っているんだと思っていた。  しかし、もしかしたら移動の為にタクシーに乗っているのではなく、タクシーそのものに憑いているのではないだろうか、と思う。 私の前には、助手席のシートがあった。私はそこで、あるものとずっと対峙していた。  ヘッドレストとシートの隙間から、ジッとこちらを見続ける二つの目と。  窓にはシートが単体で映っており、そもそもそれほど大きくないシートに人が姿を隠すことなど無理だ。  そんな状況で、ふと思い出したのがあの話だった。  運転手と会話している間、ずっとその双眸は私を見ていた。無機質で無感情。生ある人間とは思えないその目で。  話のチョイスに失敗してしまったとは思うが、あの運転手の明るさには終始助けられた。 「はぁ……」  タクシーからある程度離れたところで立ち止まり息を吐くと、人心地つくことができた。  そして、よせばいいのに、私は乗客者報告書を書く運転手が気になり、後ろを振り返った。  タクシーの車内。先ほどまで私が座っていたところには、髪の長い――女性と思われる人影が座っていた。  発車しないところから、運転手はまだ乗客者報告書を書いているんだと思う。つまり、後部座席に座っている人影がドアを開けて入って来たわけではない。
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