第1章

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 頭が回らない。きつねに化かされた、としか言いようのない状況。小説じゃ何度もそんな話を書いたが、それを現実で目の当たりにして、熱中症でやられたみたいに頭がフラフラした。 「ちがう、ちがうんだ」  僕は一目散に、店から出ていった。  彼女は追わない。声もかけてこない。  僕はふりむく勇気もわかず、二十年も経ってるのに以前と何一つ変わらない彼女の姿に、創作じゃよくある話なのに、そんなの何度も書いたはずなのに、初な子供のように僕はとまどい、帰る道も夏のひざしで汗でダラダラになりながらも走り、その最中も彼女のことを考えていた。  なぜ、どうして。なんで、どうして。  彼女が今でもあのままの姿でいる、それに合理的な理由。現実的なものを探そうとするが、全く出てこない。  家にもどり、ようやく汗でびっしょりなのに気づきシャワーを浴びる。僕はその後、タブレットでなるべく笑えそうな動画をユーチューブから探し、それを流したまま眠りについた。  ◆  といっても、そう簡単に眠れるわけじゃなく、しかしそれでも忘れようとした。  稲川淳二の賞があるのに、とんだ災難だが。いや、違うか。本物の怪談に出くわしたんだ。ラッキーじゃないか、と改めて筆をとる。いや、キーボードで文章を打つ。 「なんか、現実に起きたことをそのまま書いて、お前それでも小説家かよって思うが。いや、ノンフィクションだとすれば、おかしな話じゃないか……ん?」  妙な感覚があった。  翌日、僕はまたあのゲームセンターに出掛けた。  すると、どうやら今日から取り壊し工事がはじまるようで、店は閉鎖されており、中にあるゲーム台も電源が点いておらず、当たり前だが子供たちの声もしない。 「………」  なんだかなぁ。  虫の知らせというか、妙な感じがあったのだ。  来てみて正解だった。  昨日のあれは、幻だったのではないか、と勘ぐってしまう。終わる前に店が過去の利用者に告げた、ものだったのでは。 「……ふぅ」  帰ろう。  きびすを返したときだ。自転車に乗った子供数名が現れ、勇ましく、ちっ、と舌打ちした「なんだ、潰れるのかよ」と言っていた。  僕は足を止めず背中で声を聞き取る。 「昨日、あれだけ楽しかったのにな」 「お前、あの人に惚れたんだろ」 「は? ちげーよ、てめっ、ぶっ殺すぞ」 「でも、きれいな人だったよな」 「あぁ……いや、悪い忘れたが」
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