第1章

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 学校の教室。  聞こえてくるのは、誰かの声と声と、声。  あまりにも重なりすぎて、もはや誰の声か、どういう会話してるかも当人たちすらも分からないんじゃないかと疑うほど、声はうるさい。声はひとつの声にまとわりついて、寄生植物のように絡みつくのやら、反響してより強大になったものまで、それらが森の生態系とは違い、でたらめに散らばり、宇宙のきらめきとは違い、あまりにもカオスなそれは綺麗な要素などひとつもなく、僕に嫌悪感を与える。  夏の日。  セミは鳴かない。セミが鳴くほど木岐があるわけじゃないし、窓は密閉してエアコンをつけてるから。最近SNSで噂されるほどうちの学校は鬼畜じゃないらしいが、そのかわり、密閉状態にあるこの教室はより声をやかましいものにしている。声は分子や原子のようにいくつもまとわりついたものが、幾重にも散らばって、鼓膜をぬきとってしまいたくなる。  僕は、誰ともしゃべらない。  話さない。  おい、あいつ。いつも、ほんよんでる。うわぁ。あれだよ、あれ。あいつ、名前なんだっけ。  聞こえてくる。  たまにだが、僕の悪口のようなものを誰かがしゃべる。僕はそれが誰が言ってるのか知らない。目線をやりさえもしない。ただ黙って、本を読む。『そのとき千里は考えた。あの日、あのとき、もっと考えていれば結果は変わったのではないかと』と、どうにか文字を読み進める。だが、声が僕の思考にまで侵入し、文庫本の中身を土足で踏み荒らす。僕は、別に誰かとしゃべりたいわけじゃない。ひとりでも大丈夫だ。ひとりでも大丈夫だ。だが、こわいことがある。  僕が、誰かに、何か言われている。  おい、あいつ。またかよ。いつもあーだよな。ともだちいないんだろ。だっせ。ぶさいく。きもちわるい。  他人に好き勝手、いわれるのが嫌だった。  僕は一人の人間だ。  それなのに、まるで虫けらのように扱われ、見られ、嘲笑われる。なぜだ。なぜ、そこまでされなきゃいけない。  そんな風にされる覚えはない。  ただ誰ともしゃべらないだけなのに。  話していないだけなのに。  教室で本を読んでいるだけなのに。  教室にいる僕以外の人々は、僕を見て笑う。  笑う。 『ほんとうはころしてやりたいんだろ?』
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