第1章

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 むかしむかし、雨のなかを駆ける二人組がおった。  男と女の二人組、彼らはみずぼらしい姿で着てるものも傷だらけで、何かの騒動から逃れるかのように息を切らし走っていた。  二人は泥道を走る、草履がぼろ布のようになっても走る、やがて二人は一軒の家屋を見つける。集落から外れたそれは、世間から孤立するようにぽつんと建っていた。雨風の音といっしょに家が軋む。彼らは躊躇するが、迷うひまはない。  彼らは野党に襲われた。  文明の光が原始世界に光を照らし、秩序をこしらえ、平和が築かれた時代とは違い、この頃にそんなものはない。  家屋は古くからの木造で、屋根は藁がおおっている。裏には馬小屋があるようで、最初は玄関を叩いてそこでもいいから泊めてもらおうとしたが、やめた。雨が体に染みる度に全身が冷えて、かすかな道徳心も欠如させた。二人は勝手に馬小屋に入る。馬小屋といっても馬はおらず、むきだしの地面と、すみに藁が幾重にも重なってるだけ。  雨風が強い。  今にも飛ばされそうな、弱々しい馬小屋。  二人は藁にくるまり、寒さをこらえるために体をふく。  だいじょうぶ、だいじょうぶ、だから。  と、今風な言い方をしてみたが、本当は方言で現代人には分かりにくい。  だいじょうぶ、と言ったのは男の方だ。彼は女の手をにぎる。電気のない時代、もちろんだが馬小屋にろうそくはなく、雨雲が月光さえも隠し手をにぎる女の顔も見えにくい。  女も手をにぎりかえす。  二人は夫婦だろうか。ただ、遠くから眺めるだけでは分からぬ。寄り添い、苦難を乗りきろうとする姿はいじましく、応援したくなる。  いや、関係ないか。  彼らの顔を突如、あかりが照らす。  二人は「――っ?」と、思考がやや遅れて現状を視認し、そしてはてなマークを浮かべた。  はてなマークって。  この当時にはそんな言葉はなかったのだが。しかし、今ここで彼らを語る文としては、よしとしよう。  彼らは、目をある一点に集中させる。  何秒ほどだったか。この何秒という概念も彼らにはないが、ともかく彼らはしばらくそれをずっと眺めていた。目がピンでとめられたかのように、ずっと、ずっとだ。  やがて、彼らはぶるぶると震える。
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