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しかし、妖怪は直接姿を見せない。いや、あの映像。二人の漫才師が妖怪なのかもしれない、と考えただろうか。いや、彼らの思考は直接には分からない。あまりにも距離のある音や物体は、異星人に襲われたかのように発狂するものらしい。
ふっ、と。
ろうそくの火が、消えるように。
それらは消えてしまう。音が消え去ってしまう。
さっきまで鳴っていたギターやドラムの音だけじゃない、ここに来る前に彼らを支配していた雨風のも消えた。大自然のそれが消えるなんて。
皮肉にも音が消えても彼らは恐怖するはめになった。
男は、ごくっ、と唾をのみこむ。女は、息もたえだえで、呼吸がざらつく。
二人は辺りをキョロキョロと見回した。
動悸がはやくなる。
狂った魚のように顔をあまり動かさず、目ばかりを動かすそれは、恐怖によるものだ。顔を動かして見つけたくはなかった。決定的ななにかを見つけたくなかったのだ。いつしか二人は二人でいることも忘れ、まるで一人でいるかのように暴走した。
やがて、何秒。
何分。
一時間をこえると。
二人は落ち着きをとりもどす。
明かりが灯ることもなく、音が鳴らされることもない。もしかしたら、これまでのは幻だったのではないか。男の方が意味不明な結論を出す。
女もそれにのる。
人間とは、不安と対峙するとそれがいくら滑稽でも心が休まる方を選択する。
彼らは、風船が小さい穴をあけられて、ちょっとずつちょっとずつ、空気がぬけていくように、笑い声をあげる。あまりにも弱々しいものだが、しかし、ようやく二人は二人であることを思いだし、安堵した顔になった。
だから。
だから、二人がとった行動は何もおかしくはない。
彼らは、ふらふらと立ち上がる。
そして、誘われるように戸口を開けた。
安全。
彼らのなかを占領したその言葉は、あまりにも安易な行動をとらせた。いや、けしてそれが次の結果になった原因というわけじゃない。それがなくても、彼らは奇妙きてれつ極まるものから逃れられない。
な、なんじゃ、こりゃぁ。
二人は、さっきとは別の景色を眺めていた。
木造家屋はなく、ただぽつんと自分らのいる馬小屋だけがある。そして、辺りはさっきまでのものじゃない。空は夜ではなく、夜よりも深淵の黒に染まっている。辺りは白に近い灰色で、でぼことしていて、遠くには巨大なクレーターも見える。
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