熱虫症

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なぜ、人はこんな小さな昆虫に、恐怖を感じるのか? なぜ、毒針も鋭い牙も無い虫けらに、怒りを持つのか? なぜ、その存在を、これほど憎むのか? 不思議に感じた。 「死ねっ」 晃は、握り潰した。 「死ねっ、死ねえっ」 コンビニ袋の上からとは言え、ぐちゃりとした感触に嫌悪しながらも、両手で執拗に握り潰した。 「やった、やったぞ…」 それが元ゴキブリと、分からなくなるまで、渾身の力を持って、すり潰した。 「オレの勝ちだ」 その本能のままに。 「あはははは…」 その夜中、就寝していた晃は、あまりの寝苦しさに目が覚めてしまった。 連日の熱帯夜でも、エアコンを付けっ放しなら朝まで熟睡できていたのだが… 「エアコン、止まってる?」 真っ暗闇の中、静まり返ったエアコンが、お知らせランプを赤く点滅しているのを確認した。 故障と危惧するも、再始動させる為にリモコンを探したが、暗くて見つからず、枕元まで伸ばした照明スイッチに手をかけた。 蛍光灯の明かりに一瞬目が眩むも、すぐにその異変に気がついた。 壁の色が違う。 部屋の壁は、確か全面白色なのに、今は黒色に染まっている。 自分の目を疑った。 その黒い壁を、よく目をこすり、よくよく注意して観察すると、その異常さに、心臓が凍りついた。 ゴキブリだった。 その壁面びっしりと、黒い虫が覆っていた。 右を見ても、左を見ても、埋め尽くされるように、おびただしい数のゴキブリに囲まれていた。 言葉を失う。それどころか身動きできない。 目だけが動きエアコンを見上げると、その風射口から、無数のゴキブリが部屋に入り込んでいるのが分かった。 晃は、あまりの恐怖に打ち震え、そのまま気を失ってしまった。 これは、怨み、なのだろうか? その日、無惨に殺された、ヤツの怨み。 その弔いにでも来たのだろうか、目には見えない、何かを感知して… その後、アパートの一室で、一人の男が死体で見つかった。 報道もされていない。 死因は… 熱中症だった。
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