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韮崎の事件だけではない。他にも、仏像の盗難予告があり、予告通りに盗んで行ったという話は何件か耳にした。犯人が捕まったというニュースは聞いておらず、まだ手がかりを掴めていないらしい。それともう一つ。二十面相は珍しく高価な美術品しか盗まないが、今回の盗難対象は秘密基地のものであり、お世辞にも芸術作品とは言えない。
背広を着て帽子を被ると、車に乗り込み空港へ向かった。専属運転手も寒そうにしている11月の日だった。
「お待たせしました」
私が現れると、向井氏は立ち上がり、住所の書いた紙と地図を渡した。
「一応、向こうの運転手にも情報は伝えてあるから。それにしても、寒いね」
「そうですね。外に出ると、全身凍えてきますね」
そんな会話をしながら、私は小型機に搭乗した。
「それでは、幸運を祈っているよ」
向井氏に軽く会釈をし、扉を閉めた。
「国家の探偵というのも大変なお仕事ですね」
パイロットが気さくに話かけてきた。
「もっとも、秘密警察下の国立探偵でもない限り、飛行機で海を越えるなんてことはそうそうないだろうね」
「軍人さんも皆、航空母艦で途中まで行くのですからねぇ」
「そういう君だって立派な軍人じゃないか」
「いえ、怪我をしてもう昔のように器用な動きはできません」
「前線で戦ってるわけじゃないからって、気を抜いて操縦したらいけないよ」
「ご尤もです!」
そんな話をしながら飛行機は夜空に飛び立った。機内で仮眠をとり、翌未明、飛行機は遼東半島の大連近郊に着陸した。そこから車で12時間ほどかかった所に、その建物はあった。通り沿いの古めかしい建物で、尋ねた時には満州時間で午後4時を回っていた。
(いきなり敬礼か)
基地に入るのには警備員に自分の素性を示す必要があった。名刺を渡して中に入る。暗くて湿気の籠った廊下を進み、階段を降りる。「極秘の研究」は地下の実験室で行っているらしかったので、とりあえずそこを目指す。
「こんにちは。秘密警察国家特殊探偵科の丹沢幸男です」
扉を開けると、重苦しい雰囲気がなだれ込んできた。とても広いその部屋には、一目見ただけでも異様だった。真ん中に会議用の机と黒板があり、周囲にはおぞましい装置や器具などで埋め尽くされていた。中には人体実験をしている者もいた。
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