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栄太に何もなかったのだから、次も何もないはずだ。
そうは思いながらも薄っすらと不安のような靄が心にかかっていくのを感じた。
『命を大切に』と書かれた透明なドアを開ける。
作り自体は普通の電話ボックスだ。
しかし、何枚もの張り紙や十円玉、聖書の切り抜きを見るうちに、じわじわと実感した。
ここは最期の砦なんだ。
生活保護の記事や、缶に入ったタバコ、『本当に大切なあなたへ』と書かれたメッセージ。
切実な思いがリアルすぎて、本当にすぐそこで同じ人間が命を絶ち続けているのだなと実感する。
長居したい場所ではなかった。
しかも、冷やかしで来ている立場なのだ。
アクリルのドア越しに外を見る。
栄太がスマホのライトを光らせていた。
撮影中だな。
そう思ったが、すぐに異変に気付く。
顔は光源より後ろにあるので見えないが、こっちへ来いと言うかのように手を振っているのだ。
「なんだ……?」
脅かすためのイタズラかも知れない。
それでも背筋が冷えるのには充分だった。
もう撮影も充分しただろうし、早くここを出よう。
怯えがバレないよう、余裕のあるふりをして取っ手を軽く押す。
「……え?」
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