救いの電話

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 ヒュッと喉の奥が鳴る。 電話だ。 目の前の電話がけたたましく鳴っている。  ――「いきなり電話がかかってきて、女の声で『助けて……』って」……。 ジリリリリン。 ジリリリリン。  迫るような大音は鳴り止まない。 出なければ許さないと言われているように思えてくる。 もしかしたら、この電話に脱出のきっかけがあるかもしれない。 指先が震えながらも、俺は受話器を取った。  無言で耳に当てる。 ざざ、ざざ、と規則的なノイズが聞こえた。  波の音だ。  闇の向こうの切り立った崖が脳裏をよぎる。 これは自殺者からの電話なのか。 崖の下で、俺に助けを求めているのか?  腰が砕けそうになる。 どうして俺なんだろう。 可哀想ではあるが、何もしてやることなどできないのに。  うろ覚えのお経を唱える。 ほとんどデタラメだが、必死で繰り返した。  唐突に波の音が止み、受話器の向こうが静まり返る。  ――まさか、成仏した?  ほっと気が緩んだとき、受話器の向こうに気配を感じた。  誰かが電話口にいる。  耳元で、低い男の声がささやいた。 「――死ね」  全身に鳥肌が立つ。 助けを求める女のではなかったのか。そしてこの声は……。 「栄太……?」  間違いなかった。  巧妙なイタズラなのか。 しかし、公衆電話に発信することなどできるのか?   栄太のいた方向を振り向く。  顔のすぐ横、電話ボックスのアクリル戸に、彼が顔面を押し付けていた。 「うわあああああああっ!」  水死者のように顔が青白く膨れている。 切れ目のような目蓋から覗く目から、じくじくと赤黒い液体が垂れている。 見覚えのある服を着ていなければ、これが栄太だとは思えない。 そんな異形の何かが、わずか数センチ先から凝視していた。  へたり込んだ俺に合わせ、ぬめぬめと液体の跡を残して彼の顔が降りてくる。 執拗に俺を見ている。 眼球がないのに。 同じ目線で。  そのまま、俺は気を失った。
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