1人が本棚に入れています
本棚に追加
それは、全身がささめくように蠢動しています。やがて何かを喋るために、体が
震えている事がわかりました。
「‥‥に参りました…」
まるで複数の人が、くぐもった声で一斉に喋るような感じで、とても不明瞭です。
しかし、母親は最後に聞こえた
「参りました。」
の言葉で、全てを察しました。
(“コレ”は娘を連れていこうとしている。)
思わず、娘のベットを庇うように立ち直した彼女に
黒い人影は、先程と同じように体を蠢動させ、
「‥‥に参りました…」
を繰り返した後、病室の中に体を一歩進めてきます。
母親が悲鳴を上げようとしたその時…
「ちょいと、こっちにしときなよ!」
年老いた、ですが凛とした女性の声が廊下に響きました。
その声に黒い人影が止まり、廊下を向きます。しばらく何かを考えるように立ち止まった後、
ゆっくりと廊下に歩みを変え、体を揺らしながら、高齢者の病棟の方へ、進み始めました。
それを見届けた後、母親はそのまま意識を失いました。次に気が付いた時は明け方でした。
慌ただしく廊下を行き交う看護師と医師、高齢者の病棟に運びこまれるAEDや医療器具、
そして、隣のベットで目を覚まし、
「お母さん」
と声をかける娘を見て、理解しました。彼女の母親はいつまでも、その時の事を話し、
娘の代わりになってくれた“誰か”に感謝を捧げています…(終)
最初のコメントを投稿しよう!