「こっちにしときな!」 

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それは、全身がささめくように蠢動しています。やがて何かを喋るために、体が 震えている事がわかりました。 「‥‥に参りました…」 まるで複数の人が、くぐもった声で一斉に喋るような感じで、とても不明瞭です。 しかし、母親は最後に聞こえた 「参りました。」 の言葉で、全てを察しました。 (“コレ”は娘を連れていこうとしている。) 思わず、娘のベットを庇うように立ち直した彼女に 黒い人影は、先程と同じように体を蠢動させ、 「‥‥に参りました…」 を繰り返した後、病室の中に体を一歩進めてきます。 母親が悲鳴を上げようとしたその時… 「ちょいと、こっちにしときなよ!」 年老いた、ですが凛とした女性の声が廊下に響きました。 その声に黒い人影が止まり、廊下を向きます。しばらく何かを考えるように立ち止まった後、 ゆっくりと廊下に歩みを変え、体を揺らしながら、高齢者の病棟の方へ、進み始めました。 それを見届けた後、母親はそのまま意識を失いました。次に気が付いた時は明け方でした。 慌ただしく廊下を行き交う看護師と医師、高齢者の病棟に運びこまれるAEDや医療器具、 そして、隣のベットで目を覚まし、 「お母さん」 と声をかける娘を見て、理解しました。彼女の母親はいつまでも、その時の事を話し、 娘の代わりになってくれた“誰か”に感謝を捧げています…(終)  
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