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「ありがと」
大事にする、とリカが泣きそうな顔をする。
あんな絵、持って帰っても、重いだけじゃないかと思うけど。
「うん。僕のほうこそ、ありがとう。来てくれて」
「ユウマが戻って来るなら、アトリエかこの部屋だと思ったの。でもきっと、アトリエには来てくれないだろうって感じたから」
リカは、もう僕のことを知っているんだとわかる。
「リカには、お見通しなんだな。最後にもう一度、あの絵を見たいと思ったんだ。でも、リカに会えたから、もういい」
毎日靴底をすり減らして外回りをして、心もすり減っていって、僕はもうどうすればいいのかわからなくなってしまった。
職場に戻れず、夜の街に立ち尽くして、行く当てのない僕は気づけば橋の上にいた。
夜の街の灯は眩しくて、きれいで、僕はここにはいちゃいけないと、思ってしまった。
僕はもう、どこにも居られない、居ちゃいけない――。
「もっと、早く会いに来ればよかった。慣れない気の遣い方なんて、するんじゃなかった」
僕は首を横に振る。
リカに後悔させちゃいけない。
「僕のせいだよ。僕が、リカと距離を置いてしまったから。だから、リカのせいじゃない」
「でも、ユウマはひとりだった。わたしは傍にいなかった。あの日、あの夜、ユウマがこっちの世界を見限ってしまったとき」
「僕は世界を見限ったんじゃない。僕自身を見限ったんだ」
「ひとりだったから、大事なことに、気づけなかったんだよ」
リカの瞳が、ゆらゆらと揺れている。
まるで、あの夜の、水面のようだと思った。
僕が身を投げた、あの川面に。
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