2人が本棚に入れています
本棚に追加
「もっと、早く教えてあげられたらよかったなぁ」
「これは、僕が決めたことだから」
就職先も。そこで頑張ろうと決めたことも。
どうしようもなくなって、逃げ出したことも。
僕は隣に置いてあったタバコを手に取った。
水に浸かったはずなのに、タバコはなぜか無事で、このタバコも今の僕と同じような存在なのかもしれない。
火をつければちゃんと燃えるし、煙も出るし、タバコを吸っている感じもあるのに。
全ては僕の気のもちよう次第なのかもしれないけど。
最期の一服。
僕の心残りはもうないから、きっともう、ここにいる時間は長くない。
「ユウマの吸うタバコのにおいも、嫌いじゃなかったよ」
「辞めたら、って言われたような気がするけど?」
「健康を心配して言ってみただけだよ」
言ってみただけだったか、と僕は苦笑して肩をすくめた。
結局、一度はタバコをやめたものの、就職してからまた吸い始めてしまったんだけど。
「ねえ、リカが今描いてる絵は、どんな感じの絵なの?」
必ず完成させる、と強い口調で言い切った『夏の記憶』の絵。
「わかってるんでしょ? 三年の夏、ふたりで行った岬。青と、白と、それと、君」
鼻の奥がつんとして、僕は目を閉じた。
「そうかぁ……」
声が震える。
リカも、あの夏の絵を、描いてくれるのか。
僕とリカが一緒に過ごした夏。
幸せだった時間。
リカは、今もその時間に価値を見出してくれているのか。
もっとも、リカの描く絵は抽象的だから、僕が描いたような絵とは全く異なったものになるんだろうけれど。
完成した絵が見られないのは、少し残念かな。
「今年の、わたしたちの夏は、短いね」
リカが、ぽつりと呟く。
「リカの夏は、まだまだこれからじゃないか」
「うん……がんばってみる」
「リカなら大丈夫だよ」
「ありがと」
リカの笑顔は寂しそうだったけど、その瞳には確かに光があった。
最初のコメントを投稿しよう!