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「昔からしつこかった蜉蝣(かげろう)画廊のオーナーいたでしょ? あの人が昨日もやってきてさ、もう、超鬱陶しいからしばらく引きこもることにしたんだ」
リカが僕の隣にぺたんと座り込む。
僕なんかとは違って、リカはリカにしか描けないものが描ける。
学生のうちから、リカの才能に惹かれてコンタクトをとってくる人はいた。
僕は就職したけど、リカは院へ進んで、普段は大学のアトリエを使ってるはず。
「今は、なに描いてるの?」
「夏の記憶」
僕は、少しどきりとする。
僕とリカがつきあいはじめたのは3回生の初夏。
疎遠になりはじめたのは、4回生の晩夏。
リカと一緒に過ごした季節で、唯一、夏だけが2回。
もっとも僕らは春夏秋冬いつも絵を描いていたから、ふたりの思い出のほとんどは絵の具の色彩と画用液のにおいに満ちているんだけど。
リカの夏の記憶は、一体どんな風なんだろう。
見たいような、見たくないような。
知りたいような、知りたくないような。
「完成するといいね」
結局、無難な台詞を口にしてしまう。
「うん。きっと完成させる。それは、決めてるんだ」
リカの言葉は、思ったよりも強くてまっすぐだった。
「そっか」
うん、とうなずくリカの首は相変わらず白くて細い。
痩せの大食いなのは、知ってるけど。
食べるときは、僕よりたくさん食べる。
リカは変わらないな。
久しぶりに会うリカは、変わってしまった僕のもとに、懐かしさと寂しさを運んできた。
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