おかえりとさよなら

8/14
前へ
/14ページ
次へ
「どうしたの?」 突然訊かれて、僕は驚いて目を開けた。 目の前に、リカの顔がある。 「寝てなかったの?」 「寝てたような気もするけど、歌が聴こえなくなったから目が覚めちゃった」 「ごめん」 もう少し、歌っておくべきだったか。 「ううん。ありがと、歌ってくれて」 「上手くなくてごめん」 「上手さなんて、ユウマに求めてないから」 「それはそれでひどいな」 僕は確かにカラオケも得意じゃなかったけどさ。 大学を卒業して一年半。 あっという間だったようで、すごく長かったような気もする。 「上手くなくったって、好きだからいいんだ」 好き、の言葉にどきりとする。 もう、僕たちはつきあっていないし、恋愛感情の好きじゃないってわかってる。 でも、こうして、リカが会いに来てくれたから。 あまりにも昔と変わらないように接してくれるから。 まだ、僕が僕という存在を見限っていなかったあのころと同じように、笑いかけてくれるから。 芸術家になれるほどの才能はなくても、学んだ技術で生きていけるんじゃないかと、あまりにも楽観的だったあのころの僕に対する態度と、あまりにも変わらないから。 だから僕は錯覚してしまいそうになる。 僕には、まだ可能性があったんじゃないかって。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加