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「いただきまーす。うまい!」
「よかった。ごめんね、簡単なものしかできなくて」
「ううん。こういう家庭料理に飢えてからすげー嬉しい」
「そっか」
リスのように頬張って食べる裕樹を見ると、私も嬉しくなった。裕樹がこういう手料理が久しぶりなように、私も誰かに食事を振る舞うのは久しぶりだった。
野菜にタレが絶妙にからんでいても、竜田揚げにうまく味がしみていても、ひとりで食べるのだったら味気ない。「美味しい」と言ってもらえることに飢えていたのだと、裕樹の笑顔を見て思う。
「思いきって来てみてよかった」
「そう」
「何もかんも嫌になっちゃってさ……どっか遠くに行きたいって思ったときに頭に浮かんだのが姉さんのことだったんだ」
おかわりをして米一粒残さず食べ終えて、しみじみとした様子で裕樹は言う。
何もかんも嫌になって遠くに行きたいだなんて、何があったんだろう。
自分の大学生の頃を思い出しても、そんなことはなかった気がする。あの頃は、何もかも楽しかったから。嫌なことなんて、適当に成績をつけると評判の教授やバイト先にムカつく客が来ることくらいだった。
疲れていて、でも心底安心しているみたいな裕樹の顔を見たら、私は事情を聞きたいと思っていた気持ちを引っ込める気になった。
この子はヤンチャだけれど、めったなことをする子ではなかった。ポンと家を飛び出して何時間もいなくなったり、押し入れに閉じこもって出てこなかったりしたのは、よっぽど辛いことがあったときだけだ。
「裕樹の言うところの遠くっていうのが、せいぜい福岡でよかったよ」
「俺、福岡じゃなくても姉さんのいるところならどこでも行ったよ」
そんなことを言う裕樹の顔は笑っていたけれど、表情が妙に真剣で、私は何も言えなかった。
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