196人が本棚に入れています
本棚に追加
返してほしいと、無理やりとはいえ頼まれた手前、無視することはできない。さっさと手渡して、それで終わりにしよう。
そう決めた唯一は、教科書を片手に、教室を出た。早足で廊下を進み、階段を降りる。
そして唯一より少し先のところ、階段の途中に壮慈の背中を見つけて、足を止めた。
「……そ……日戸」
名前を呼びかけて、けれどすぐに苗字で言い直せば、驚いたように壮慈の肩が跳ねた。
「え……」
足を止め、躊躇う様子を見せながら振り返った壮慈の目が、数段上にいる唯一の姿を捉え、嫌そうに歪む。
「教科書、返してほしいって頼まれたから」
明らかな拒絶反応にムッとしながらも、唯一は彼に近付き、教科書を差し出した。
差し出された教科書を、壮慈はじっと見つめる。そんな彼に、内心唯一は、さっさと受け取れ、と毒づいた。そこまで露骨に嫌そうな顔をするのなら、さっと受け取って、さっさと行けばいいのに。
「……いらない」
「……は?」
不意に、短く壮慈が吐き捨てる。
その言葉に、唯一の頬が引き攣った。
「なんだよそれ……って、おい!」
教科書を受け取らず、そのまま先に行こうとする壮慈を見て、思わず唯一は怒鳴る。
教科書を捨てるなんて発想、普通はない。その理由を考えて、唯一の頭に血が上る。
それはまるで――唯一が触ったものなどいらないと、言っているみたいで。
最初のコメントを投稿しよう!