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教卓前にいる教師の横に立ち、改めて唯一は、これから同じ教室に通うことになるクラスメイトらを見回す。
奥二重だがぱっちり気味の目を軽く細め、薄い唇の両端を吊り上げて、唯一は笑った。人間、まずは笑顔が大事だ。比較的自分の顔立ちが柔らかいことを自覚している唯一は、少しでも爽やかな印象を与えようと努める。
「津々賀唯一です。『ゆいいつ』って書いて、『ゆいち』。父の仕事の都合で転校してきました。どうぞよろし――」
頭の中で何度も反芻した自己紹介を言う。つっかえたりせず、最後まで言えそうだった。
しかしそれが、途中で遮られる。
ガタン! と激しく、机とイスの揺れた音が、響いたからだ。
唯一の自己紹介に負けないその音に、教室にいた全員が、音の正体へ顔を向ける。それはもちろん、唯一も同じだった。
教室の、真ん中の列の一番後ろ。他の人の陰に隠れて見えていなかったその人は、呆然としたように立ち上がって、唯一を見ている。
目つきの悪そうな吊り目は、二重瞼であることと、大きく見開かれているおかげで、意外にも厳つい印象は受けない。
いや、普通は、怖いとか、厳ついとか、そういう印象を受けるのかもしれない。細身とはいえ、ワックスで整えられたツーブロックのショートヘアが良くも悪くも似合っている彼は、不機嫌そうな顔をしていれば、不良と間違えられることもあるだろう。
昔そうやって、不良に絡まれてしまった彼を、見かけたことがある。そのとき唯一は、不良の隙をついて、彼の手を引いてその場から逃げ出した。逃げ切ったときは、安心感から二人して、大笑いしたことを覚えている。
「なんで……」
小さく漏らした唯一の声は、掠れていた。
彼もまた、驚愕したような表情のまま、唯一を見つめている。
日戸壮慈(ひとそうじ)。
中学時代、唯一の親友だった、今はもう会いたくない男だった。
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