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客と別れてホテルを出ると空はもう真っ暗だった。
家を出たときはまだ少し陽が残っていて空気がぬるかったが、夜になるとまだ肌寒く感じる。
しかし夜風は確実に湿気を含み始めていて、憂鬱な梅雨の季節がすぐ近くまできていることを予感させた。
ケイは自宅マンションに向かって歩みを進めながら、店に終了報告の電話をかけた。
通話口にはモトイが出た。
電話やメールが苦手なケイは、この作業もやっぱり苦手だ。
だから、ケイの扱いに慣れているモトイが電話に出てくれると安心した。
「も 、しもし」
『もしもし、ケイか?』
「はい、」
『もう終わったのか、早かったな』
ケイはスマートフォンを耳にあてたままうなずいた。それから、電話なので声を出さないと相手に通じないと気づき、慌てて、
「はい」
と答えた。
スピーカーの向こう側から、モトイがちょっと笑う気配がした。おそらく声を出さずにうなずいていたことがバレている。
顔に熱がたまるのを感じたケイは、暗くて誰に見られるというわけでもないのに、思わずうつむいた。
『問題なかったか?』
穏やかに問われて、ケイは少し考えた。それから、思い当たることがあって、あ、と声を出す。
「……背中、」
『うん?』
時間をかけて単語と単語をつなぎ合わせる作業をするケイを、モトイはいつも、急かさずに待ってくれる。
「やけど……?」
『え……、』
モトイの声が心配そうなものに変わった。
「熱くて、えっと、なんか、やけど みたいな、感じ、する」
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