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「それじゃ、今日はこれでお開きね」
大石が呟き、ギターケースの中に投げ込まれた少しばかりの現金をポケットにねじ込む。
「えーっ! 今日は随分早くないですか?」
「もっと聞いてたいのに」
「ごめんね、用事があるんだ」
ざわめくギャラリーに、大石が適当な返事を返す。
その時、普段立ち止まる客層とは明らかにかけ離れたスーツ姿の中年男性が、既に帰り支度を終えた大石に向かって語りかけてきた。
「今の曲、良かったよ。なんとなく懐かしい感じの曲だね。実は私、昔は銀杏島という島に住んでいてね。かなりの田舎だったんだけど、そこでの生活を思い出してしまったよ」
「え、そうなんですか! 実は俺も銀杏島の出身なんですよ!」
中年男性からの思わぬ言葉に、大石の声も弾む。
銀杏島とはK県の沖合いに浮かぶ、半径数キロの小さな島だ。
漁業が盛んな、のどかな島であった。
人にまみれた都会に暮らしていると、あの穏やかな空気が懐かしくなる。
その光景を唄った歌が、同郷の士に理解されたと言うことは、大石にとって、非常に喜ばしいことであった。
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