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「本当に、今までお世話になりました」
大石が深々と頭を下げると、大矢は穏やかな笑顔で首を振った。
「こちらこそ、準君がいてくれて楽しかったよ。これから寂しくなるねえ」
「どうもすみません……」
大石が申し訳なさそうに言うと、大矢は慌ててかぶりを振った。
「ああ、いいのよ。どうせまたすぐに別の人が入ってくるからさ。そのために家具も提供してるし家賃も安くしてるんだもの」
確かに、大矢のアパートは木造で古い家屋であったが、それを差し引いても相場よりかなり安い家賃で経営している。
大石がいなくなっても、すぐに別の人間が入るだろう。
そう考えると、まだ気が楽になるのだった。
「では、出発致しますね。今までお世話になりました」
「ああ、元気でね。いつでも遊びに来るんだよ」
笑顔の大矢に頭を下げて、大石は暗い道に踵を返す。
自分が乗る予定の夜行列車までは、まだ充分に時間はある。
本当は、路上ライブの会場から直接向かっても良かったのだが、最後に大矢に挨拶をしていきたかったのだ。
これで、やりのこしたことはない。
彼の中に広がる晴れやかな気持ちとは裏腹に、空にはいつの間にか暗雲が垂れ込めていた。
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