書籍化のお知らせ

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  もう、右も左も分からない。 呼吸すらままならなくなった口内を鉄の味が満たす。 「そっちにいったのー?」 不気味なほどの静寂を満たすのは、無邪気で狂おしい少女の声のみ。 たまらず、脇の茂みへ逃げ込む。 振り向く、誰も居ない。 それなのに、まるで風が撫ぜるように草木が動く。 ざわざわと、草を掻き分ける音は二つ聞こえた。 「こっちかなぁ?」 震えが止まらない。 しかし、その足を止めるわけにはいかない。 背後から近づいてくる得体の知れない〝何か〟の息遣いが、すぐ側に聞こえてくるようだった。 「それともこっちかなぁー?」 最後の秒読みを確認し、慌てて茂みの中にしゃがみこむ。 「そこかな!?」 声が止まる。息の詰まるような静寂が戻ってくる。 聞こえるのは、自らの鼓動のみ。 一秒が、永遠にすら感じるほどの恐怖。 息を潜め、体を丸めてうずくまる。 その瞬間―― ガサッ ガサッ ガサッ 草を掻き分ける音が、聞こえてくる。 見つけるな、ここに来るな、見過ごしてくれ、頼む! 頼む! 頼む! 祈るように、念じる。 しかしその瞬間だった。 彼が自分のすぐ側に、ただならぬ気配を感じたのは。 ――見ている。 何か、とてつもなくおそろしいものが、自分を見下ろしている。 気付いてしまった。 しかし、振り向くことは出来なかった。 生存本能が、警鐘をかき鳴らすのだ。 これはやばい、決してふりむいてはならぬ、と――。 しかし、そんなことが許されるはずもない。 震える肩に、氷のように冷たい手が触れる。 物凄い力で頭を掴まれ、顔の方向を変えられる。 「みーつけたっ!」 愉悦に歪んだ顔がそこにはあった。
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