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「じゃ、これが今日の最後の曲です」
汗ばむほどに蒸し暑い夜の渋谷。
駅から少し離れた、暗い路上に軽快な青年の声が響く。
その周りには、一際大きな人の輪。
ここにいる人間は皆、彼の歌を聴きに来ているのだ。
彼の名は、大石準。
数年前からこの場所で路上ライブを続け、かなりの人気を博している青年であった。
短く切りそろえられた黒髪、日に焼けた肌。
彫りは薄く、軽薄そうな顔立ちをしてはいるが、女遊びには慣れていないのだろう。
全く気を使っている様子の無い伸びきったTシャツとジーンズが、それを物語っていた。
「これは、子供の頃の初恋を思い出して書いた曲です。あ、そこ何笑ってんの。俺にだって、甘酸っぱい時代があったんだよ」
客と軽妙なトークを交わし、ギターの弦をピックでなぞれば、美しく整った旋律が生まれる。
チューニングは狂っていない。
いつでも始められる。
そう考えて、少し感傷に浸る。
これから爪弾く曲で、自身の音楽人生にピリオドを打つ。
彼は、そう決意していたのだ。
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