第三章

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 ゆっくりと電車が速度を落とし、止まる。車内に多くの人が乗り込んで来た。僕たちの周りで降りる人はいなかった。人が増え、停車する前よりも、さらにぎゅっと圧縮されたように体が縮こまった。小さく組んだ両腕が、自分の肩にくっついたまま離れようとしない。 「満井は今日もバイト?」  飯田が、しかめ面で苦しそうに言った。顔全体にしわが寄っている。彼の顔以外のパーツは、人込みで僕の視界から消えかかっていた。 「そうだよ、いつも通り。それまではどこかでレポートを書いて時間を潰すよ」 僕は顔を梅干しのように赤く、しわしわにして答えた。――暑い、ずっとこのままはさすがにきつい。早く大学の最寄り駅に着かないものか……。 「バイト、あんまり無理するなよ。たまには息抜きも必要だって」  飯田はそう言った直後、うっ、という(うめ)き声と共に、新しく起きた人の波に飲み込まれてしまった。  ――飯田、強く生きろよ。僕は心の中で姿の見えなくなった友を応援し、『自分は石になったのだ』と暗示をかけることにした。 「僕は石。石なら、満員電車も辛くない。石ならきっと平気……」 そう強く言い聞かせ、目的の駅までたどり着くのを待った。
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