第3章

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 エアコンの効いた部屋なのに蒸し暑い。透明の炭酸飲料水に氷を入れて掻き回し、冷え切らないうちに飲み干す勢いで流し込んでいると、聡は音もなく帰ってきた。表情は暗く、私を見る目が冷たい。一気に摂氏〇度まで体感温度が下がったような悪寒が走った。長い間、兄妹をやっていると不機嫌がすぐわかる。聡は今、私の知る限り一番落ち込んでいるようだ。  あの忌まわしい離婚騒動から一年半。私は聡と話すことが出来ずにいた。口を開けば、みっともない恨み辛みが溢れ出しそうで、乾いた心を隠して目を反らしてきた。直視は出来なくても、視界の片隅に聡を観察することはできる。  聡は、制服姿の私を珍しそうにチロチロと観ていた。そして音を発することなく、静かに同じ炭酸飲料水をコップに注いで飲み始めた。汗で光る首の喉ぼとけが上下して、妙に色っぽかった。  今朝、家を出るお母さんと聡の会話を思い出す。今日は模試の結果が出る日だ。この顔色からして、かなり苦戦しているに違いない。敵は弱っている。それは絶好のチャンス以外のなにものでもない。復讐するなら今だ、と悪魔が囁いた。  どう足掻いたって私はこの家では落ちこぼれの子。それは聡の存在のせいだ。皆どうかしている。この男は、私の全てを奪ってしまうブラックホール。天使の顔の下に隠された狂気を引きずりだして、聡にも両親にも、思い知らせてやれ。眼鏡の奥の真っ暗な瞳が、物欲しげに私を見ている。
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