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「でも、まあ・・・。江口さんは・・」
「まあな」
中村が皆まで言わずとも、廊下から漏れ聞こえる声に肩をすくめる。
気のせいか、池山の声が少し大きく聞こえ始めた。
「だがしかし・・・。それはそれで」
と、そこで、ばん、と、廊下の扉が開いた。
「片桐、明日のNN銀行って、重要案件あったっけ?」
「んあ?いや、定例会だろ?新規契約も事前に詰め終わっていて揉める話もないから、さらっと確認するだけかな」
「じゃ、うちの課長一人でも大丈夫?」
現在の池山の上司である営業課長は、生粋のお坊ちゃんでいささか頼りない。
「・・・あの課長の頭の中に、話がきちっと通っていればな」
しかも、ちょっと、いやかなりぼんやりしている。
「それとハルちゃん。明後日の午前中のM証券のって、松田寄越せばカタが付くよな?」
松田は池山の部下で、こちらも多少抜けているお調子者だが、営業の仕事もだいぶ板に付いてきた。
「ええまあ。こちらも今は安定してますし。追加作業が発生していますけど、双方想定内です」
「了解。なら、どっちもある程度マニュアルつくっときゃ大丈夫だな。というわけで、俺、今日は帰るわ。じゃあな」
いきなり、片手を上げてにこやかに笑う池山の瞳の中に、揺るぎない何かが垣間見える。
「というわけでって・・・」
先ほどまでののんべんだらりとしたオフモードから、急にてきぱきと仕事をさばくオンモードへ切り替わっていて、片桐だけでなく周囲も目を見開いた。
「ん。明日から明後日にかけて俺休むから。でもそっちにしわ寄せいかねえように細工すっから大丈夫。問題なし」
「もしもし?池山さん?」
「あ、でも、明後日、終業頃にはいったん顔を出すからよ。時々電波が届かねえかもしれないけど、ま、たまにはいいだろ、あいつらにやらせんのも」
困惑の色を深める男性三人と対照的に、女性三人は色めき立つ。
「これはもしかして・・・」
「もしかして~」
「もしかしたりします?」
頭を寄せ合いひそひそ話を交わす中、池山の妙にハリのある声が響く。
「そんじゃ、またな!!」
そして、六人が取り残される。
一転して静かになった室内は、脱力ムードが漂う。
「またな・・・って。マジか、池山・・・」
がっくりと力なくテーブルに突っ伏した片桐に、今まで呆然としていた篠原が我に返る。
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