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「食べさせたい、食べているところを見たい、ついでに笑って欲しいなと思うのは、いけないことですか?」
三時間。
彼女の顔を見るためだけに時間を割いた。
骨の髄まで長田家のものと定めて生きてきた篠原にとって、それはかつてない行動だった。
「いや・・・。それは」
悪いことではない。
むしろ、歓迎すべきことだろう。
「でもなあ・・・」
「啓介さん」
篠原が言葉を遮った。
「今まで何度言っても本気にとられていないようですが、私の好みのど真ん中は、啓介さん、貴方ですよ」
「・・・は?」
「子供の頃はそうでもなかったですが、大学に入った頃から随分好みの身体になってきて、美味そうだなあと、会う度思ったものです」
「はああ?」
「そもそも私はゲイに重きを置くバイセクシャルです。寝て楽しいのは男ですね。解りやすく征服欲を満たしてくれますから。更に身分がはっきり上だと俄然燃えますね。だから、貴方の尻を見る度に、なんとか機会を作れないものかと本気で考えた事もありますよ?」
「お前なあ・・・。本人を前にそこまで言うか?」
「言いますよ、この際ですから」
するりと形の良い指先が伸びてくる。
顎を掴まれ、鼻と鼻が触れ合いそうな距離にまで顔を寄せられるが、あえて動かずに見つめかえした。
「あなたを屈服させて、快楽の限りを教え込んで溺れさせたら、どうなるかと、想像するだけでも楽しかった」
黒く、濡れたような瞳が瞬き、あたりを闇で覆い尽くす。
「・・・そりゃまた、ずいぶんネタにしてくれたもんだな」
「ええ。頭の中であなたをどうこうしようと、それは私の自由ですから」
しかし彼が欲望を口にすればするほど、なぜか余計に遠く離れているような気がした。
「まあ・・・。確かに」
背後でひくっと息をのむ気配がする。
おそらく、戻ってきた中村春彦だろう。
「命拾いしましたね、啓介さん」
ちらりと、流し目を片桐の背後に送って艶然と微笑む。
「今は、あなたの何処を見ても食指が沸きません」
久々に見る、魔物めいた、壮絶なまでの美しい笑み。
「そもそも、啓介さんの笑顔を見たいなんて思ったこと、一度もありませんでしたし」
喉元に爪をかけていたのをすっと引くように、指先が離れる。
「つまりは、そういうことなのでしょうね」
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